ボブ・ベイリーって誰?…さかのぼって行きつくのはB.F.スキナーの軍事研究(上)
2016.05.10
アメリカでドッグトレーナー(というより動物トレーナー)だったらボブ・ベイリー(Bob Bailey)の名を知らない人はいない、と言って過言ではないでしょう。
最近のドッグトレーナーで、特に「陽性強化」とか「オペラント条件づけ」とかの基礎知識を学んでいる人は、少なくともB.F.スキナー(1904-1990年)の名前は知っているはずです。
Behavior or Organisms(1938年、邦訳なし)で、厳密なデータに基づく実験的心理学(実験的行動分析 Experimental Analysis of Behavior)を提唱し、その後、注目を浴びた Science & Human Behavior(1953年「科学と人間行動」)は、「応用行動分析学」という新たな心理学の分野を生みました。
スキナーが、「スキナー箱」と呼ばれる実験用ケージの中で、ラットやハトを用いてデータを取っていたことはよく知られています。スキナー教授の元で学んでいた二人の天才、ケラー・ブリーランド(Keller Breland、1915-1965年)とマリアン・クルーズ(Marian Breland Bailey、1920-2001年、のちにマリアン・ブリーランド、その後マリアン・ブリーランド・ベイリー)のことは、日本ではあまり知られていないようです。
二人が在学中のこの時代は、第二次世界大戦の真っ最中。スキナーは、ハトを使った砲撃システムを開発中で、その研究を担当していたのはケラーとマリアンでした。結局、この「ペリカンプロジェクト」はその正確さにもかかわらず採用されず、終戦を迎えます。
ケラーとマリアンは、終戦の混乱の中、生活のために大学を離れ、Animal Behavior Enterprise (アニマル・ビヘイビア・エンタープライズ)という動物トレーニング事業を立ち上げたのでした。まだテレビが白黒だった頃、銀行のCM用に、貯金箱にコインを入れるウサギなどをトレーニングしました。のちにボブもこのABEの一員になります。
ボブはのちにマリアンと結婚。二人がABEの拠点、アーカンソー州ホットスプリングスに作った「アニマル・ワンダーランド」(Animal Wonderland)には、人間と五目並べをするニワトリとか、消防車を走らせるウサギ、など、ありとあらゆる動物ショーを行う「アミューズメントパーク」のような施設で、多くの人が見学に訪れました。
ケラーは当時、クリッカーでトレーニングしたジャーマン・ショートヘアード・ポインターとともに、フィールドトライアル(Field Trial=ガンドッグという狩猟犬の競技の上級レベル)にも出ていました。しかし「言うことを聞かなければ罰を与える」という方法が主流の狩猟犬競技の世界(今でも)では、誰も彼のトレーニング方法を理解できず、「その犬はどこのブリーダーから手に入れたんだ?と聞かれるばかりで、どうやってトレーニングしたんだ?と聞く人は誰もいなかった」(ボブ)そうです。
カレン・プライヤーの著書により、クリッカートレーニングが一般人の間に広まるより何十年も前のこと。ABEは業者向けにトレーニングされた動物を提供していたので、世間には知られていなかったのです。
ブリーランド夫妻は、事業を営む中で研究も続け、動物心理学の分野を築きました。ただその「発見」(Misbehavior of Organismなど)は、当時、実験的行動分析の分野の研究者たちから理解を得られませんでした。ボブ・ベイリーは、「ケラーは天才だった。でも時代より先を行き過ぎていた。彼の主張と批判を恐れない態度は、よく物議を醸していた」と言います。
「当時、二人がどれだけの知識を持っていたのかを考えるだけでも驚くべきこと。今でも学術界はケラーたちが知っていたことすべてを理解できないでいる」(ボブ)
今も実験室と現実のギャップは埋まっていません。基礎研究を行っている学者たちは実験室という人工的な環境での行動の解明に没頭し、一方、応用研究を行っている学者は行動の基本的仕組みを無視した“たまたま上手くいった”ような手順や非行動分析的な解釈に陥りがち、なのだそうです(ボブ・ベイリー、パービーン・ファーフッディ)。
この理論と現実の乖離が何を意味しているのかは、どんなにボブのDVDを見ようと、何度セミナーを聞きに行こうと、実際にトレーニングをしながら感じないと、絶対にわからないものです。(続く)